INTERVIEW 03

大阪をもっと
盛り上げるために、
東京で自分を鍛え直す。

大谷 研

KEN OTANI

入社7年目 / 新卒採用 / アシスタントプロデューサー

一人で奮闘していた
大阪時代。
すべての経験が
自分の財産。

僕は入社2年目で大阪オフィスに異動になり、そこから4年ほど大阪で勤務していました。当時は人手が少なく、営業は一人でやっていましたね。得意先を開拓するため、大阪の広告代理店さんに通っては、「誰か紹介してもらえませんか」と頭を下げていました。その時につながったクライアントさんは、今でもおつきあいが続いています。
大阪での仕事ぶりって、東京の人間に直接見せることができないので、結果でアピールするしかないんですよ。とにかく数字を残そうと、必死でがんばりました。同期の人間はもちろん、東京の全部署に対抗心を燃やしていましたね。しかし、当時はまだ2年目で、イベントの制作については知らないことばかり。それを協力会社さんに教わりながら、現場の数をこなし、体で覚えていったんです。そうして信頼関係が生まれ、意見交換ができるようになり、最終的には僕が舵取りをするようにまでなりました。お世話になった方々には感謝しかありません。この大阪での経験があるからこそ、東京でも絶対やれると思って、またイチからがんばっています。

気持ちよく仕事をしてもらうための、
効率とスケジューリング。

大阪の仕事は、やはりお金の規模感が東京とは違います。東京はそれなりにお金をかけてキレイに見せる。大阪はお金をかけずにどうやってキレイに見せるかを考える。そういう違いがありますね。それと、関西人特有のその場のノリで決めてしまおうとするところも、要注意です。「ええやん、それでええやん」って(笑)。僕も関西人なんでわかるんですが、そこはしっかりストップをかけて、細部まできちんと検討しながら進めるようにしていました。
そこから“いかに効率よく、わかりやすく仕事を動かすか”ということを、すごく意識するようになりましたね。この日までにこれをしましょう、この日にこんな資料を提出しましょう、というように道筋を立てることで、すべての人が動きやすくなる。それも可能なかぎり早く提示してあげる。仕事のしやすさは、信頼関係にもつながります。効率とスケジューリングに関しては、今も大事にしている部分ですね。

東京でしかできない経験を持ち帰る。
それが大阪への恩返し。

もともと僕は大阪出身で、大阪でいろんなことを学ばせてもらったので、最終的には大阪に戻りたいと思っています。そしてフロンティアの大阪オフィスをさらに大きくしたいと考えています。やっぱり大阪に、もっと世の中の関心を向けさせたいんですね。海外からの観光客も多いのでインバウンドとしてのポテンシャルも高いですし、2025年には万博もあります。すごく可能性を感じる街だと思います。
今の自分は、プランニングやマネジメントといったものを東京でもう一度学び直しているという感覚です。一介のイベンターとしては、やはり2020年の東京オリンピック・パラリンピックにも関わってみたいですし、新しいプロモーションもどんどん提案していきたい。そうやって東京でしか得られない経験を大阪に持ち帰って、プロデューサーとして大阪万博に携わることができたら最高ですね。でもこれは、夢というよりは現実的な目標であり、自分としては必ず実現させようと思っています。

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